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● 日付:2003年11月08日(土)

● 題名:固いうんちが導く思考

● 本文:

だいたいに 排泄というものはある種の快感を伴うものであるが このところ
便秘気味で 固いうんちが通過するのはなかなか苦痛なのである。なし終えた
快感というのは確かにあるのだが 苦痛の頻度と時間が快感を上回る。
しかし 嫌でも排泄はしなくてはならない。小さな個室で そのことを考えていると
奇妙な事が気になってきたのである。

性交が苦痛を伴うものであれば 人間は 人生に何度性交するかなー??
これは単純に射精として考えてもよいのである。
射精が激しい苦痛を伴うものであれば 一生に何回トライしたいと思うだろう?
遺伝子保存欲求は本能的に性衝動を生むであろうが それが苦痛を伴えば
帰属共同体における繁殖義務のみが 行動選択の基盤になる。
単純に2人から2人生まれれば 共同体は維持されるが 周産期・小児期での
死亡率を考えれば 3人は必要ということになるかもしれない。
無駄撃ちを避けるという事になれば 排卵期を見極めて慎重に行うにしても
一般的に成功率は2割5分-3割(野球と同じなのである)であれば4回で受胎1回。
となると平均して一生に10回程度はトライするものと考えられる。

なぜ性交に快楽を付与したのであろうか?蝉にしても蟷螂にしても快楽があるとは
思えない(本当のところは知らんが)。哺乳類は一般に快楽があるようである。
やはり種としては 苦痛を伴うものであれば 種は維持されまいなー。
ただ そのために人間が費やすエネルギーと時間とを考えれば
それが苦痛を伴うものであれば 性は商品化されることもなく 女性は性的対象ではなく
労働におけるパートナーとして その能力のみで評価されるであろうし
なにより 性本能に弄ばれる青春時代が もう少し理性的なものであるだろう。

固いうんちで涙が出そうな 狭い個室で そのようなことを考えたりしていた。  

● 暗唱番号:

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